試行錯誤が面白いのは、主体性があるからだ

思考メモ

今日の取材の中で、ソフトウェア開発の面白さについて話しているうちに、自分の中で改めて気がついた。

もしかして、人が幸せを感じるのは、「挑戦→試行錯誤→成長」のサイクルが回っている時なのではないか。これは、難易度と能力のちょうど良いところにいる「フロー状態」の話ではあるけど、試行錯誤がポイントなのかもしれないな、と。

何かに挑戦する。難しいからすぐにはできない。試行錯誤する。できるようになる。成長を実感する。すると、もう少し難しいことに挑みたくなる。また試行錯誤する。またできるようになる。

このサイクルが回り続けている時、人は充実を感じているように思う。仕事とか趣味とか生活とか関係なく、ここに人生を充実させるヒントがありそう。

ただ、同じ試行錯誤でも、面白い時とそうでない時がある。

ゲームやパズルを自分で解こうとしている時の試行錯誤は楽しい。でも、誰かに「これ解け」と言われてやらされる試行錯誤は、ただの苦行になる。やっていることは同じなのに、まるで違うものになってしまう。

その違いは「主体性」があるかどうかではないか。内発的動機付けと言ってもいい。

自分でやりたいと思ってやっている試行錯誤は面白い。望んでもいないのに試行錯誤させられるのは、ただの労働であり義務でしかない。主体性がなければ、挑戦は義務になり、試行錯誤は苦痛になり、成長しても喜びにならない。

「挑戦→試行錯誤→成長」のサイクルを回すエンジンは、主体性なのだろう。

どんな仕事でも、単にお金を稼ぐための労働だと思っているうちは、このサイクルには入れない。だけど、仕事が自らの挑戦の機会であり、試行錯誤ができる場所であり、そこから成長が得られるものだと捉えることができたら、労働として過ごす人生よりも、ずっと幸せなんじゃないか。

それこそが、仕事を「技芸」とする考え方なのだ。

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