「コードを書く人」は消えても、「ソフトウェアを作る人」は生き残る。

思考メモ

コードを書く人は不要になっても、ソフトウェアを作る人はなくならない。かつてクラウドの登場でインフラとアプリの境界が溶けたように、AIは今、エンジニアの境界線を再び広げようとしている。

これから先、変化する部分と変化しない部分はどこにあるのか。

15年前、私が起業するタイミングでちょうどAWSが日本に上陸した。当時のクラウド革命は、インフラエンジニアの存亡が語られるほどの衝撃であった。しかし、実際に起きたのは「インフラエンジニアがアプリケーション開発も担う」という変化。

ソニックガーデンの起業当初にあったチームの境目は、クラウドによって消滅。インフラ担当のメンバーが自ら開発まで担う決断をしたことで、役割の壁は崩れてチームは大きく変わった。そのおかげで少ない人数で、今まで以上に大きなソフトウェアを作れるようになった。

けれど、変わらなかったのは「ソフトウェアを作る」という本質だった。顧客やユーザーがやりたいことを実現し、価値を形にする。その本質だけは、今も昔も変わっていない。

昨今のAIの登場も、これと同じ構図だと思う。単にコードを打つだけの役割は不要になるだろう。しかし、設計し、対話し、持続的に発展できるプロダクト全体を構築する「ソフトウェアを作る」その本質は変わらない。

なんだったら、作る過程が効率化されるのであれば、新技術は恩恵そのもの。提供すべき「価値」さえ明確であれば、変化を恐れる必要はないのではないか。

そして「ソフトウェアを作る人」をエンジニアと定義するなら、その役割が消えることはないだろう。

むしろ、ソフトウェアが事業の根幹を支える比重は高まり続けており、企業の規模や業態に限らず、どんな会社であってもソフトウェアが必要になってくる。需要は増すばかりだろう。

AIがすべてを解決するという極端な論調もあるが、現実はそう単純ではない。

スタートアップの初期段階ならAIだけで形にできるかもしれないが、事業が成長し、複雑性が増せば、経営者がすべてをこなすのは不可能だ。そもそも、事業が成長すれば経営者の仕事は増えるばかりで、そんな忙しい中で開発まではできない。

私はクラシコムの取締役CTOをしているけれど、AIがあるので社長や取締役が100億の企業のシステムの開発全部やれますか、というと、それは無理な話。経営者はあくまで「頼む立場」。AIを使いこなし、生産性を高めて事業を支えるのは、やはり「ソフトウェアを作る人」だろう。

そんなことすらAIで解決できる時代がくるかかも、なんてことを言い出せば、どんな大企業も社長一人でよくなる。いや、もはや投資家だけが必要で、社長すら要らないかもしれない・・・そんな風に「AIで未来はこうなる」と予測したがるけれど、予測など当たるとは思えない。

私たちがすべきは、当たらない未来予測に一喜一憂することではないはずだ。

10年、20年前の今を正確に予測できた者などおらず、予測をゴールに据えて突き進むのは、いわば「ウォーターフォール」な生き方と言える。しかし、人生には「リリースして終わり」のゴールはない。

未来が予測不能である以上、一つの未来に賭けるのはリスクでしかない。重要なのは、今この瞬間にできることを学び続け、変化に適応し続けること。

新しい機能やツールが出たら、すぐ試してみる。試せばまた何かがわかる。昨日までやっていたことが無駄になるかもしれないけれど、一歩は進んでいる。

こうした小さな変化の積み重ねこそが、どんな未来が来てもその瞬間ごとに適応できる力となるだろう。

遠くを見てジャンプするのではなく、足元から一歩ずつ。これは、開発手法としての「アジャイル」と同じ考え方。プロジェクトも、プロダクトも、そして個人の生き方も。アジャイルに変化を取り入れていくことこそが、結果として変化に強い状態を作るんじゃないかな。

「大変だけど、面白い」AI時代のナレッジワーカー

思考メモ

「マニュアルワーカー」と「ナレッジワーカー」の比較について、以前に書いた記事を読み直していた。

時代の変化とともにAIによって、再現性のない仕事、つまりクリエイティブな仕事も徐々に代替され得るようになる。この先より高度なナレッジワーカーが求められる方向なはず。これは大変だけど、面白い時代がくる。

そもそもナレッジワーカーの本質は単なる知識量ではない。生成AIによって、さらに知識は誰もが即座に引き出せる「コモディティ化された道具」になる。

今、改めて重要性が増しているのは、その道具を使って「何を成し遂げたいか」という主体性。

「もっと良くしたい」という本人の意志があって初めて、知識という道具は成果へと変換される。誰かに命令されて行う「創造的な仕事」など存在しない。自律的に考え、自ら判断を下す。その「意志」こそが、AIには代替し得ない人間ならではの価値の源泉となる。

・マニュアルワーカー: 指示に従い、手順をなぞることで価値を出す。
・ナレッジワーカー: 自ら工夫し、感性と意志を乗せて価値を創造する。

この境界線は、AI時代においてより一層鋭くなり、その差は大きくなっている。

ナレッジワーカーに求められるのは「判断」である。そして、重要な判断ができるのは経験によるところが大きい。若年層がAIを使うよりも、ベテランがAIを使う方が生産性が大きくなるのは、そこに起因している。

比較表にまとめた通り、ナレッジワーカーは「セルフマネジメント」で働く。これは自由であると同時に、常に「自分はどうしたいか」という問いに答え続けなければならない過酷な環境でもある。

指示を待つ方が楽かもしれない。正解がある仕事の方が安心かもしれない。しかし、AIがその「楽で安心な領域」を埋め尽くしていく未来において、人間に残されるのは、より高度で、より「主体的な判断」が求められる仕事だ。

責任範囲にこだわらず、他者と協働し、自らの感性を活かして成果を出す。仕事と生活を切り離すのではなく、仕事も人生の一部として楽しみ、成長の機会と捉える。

こうした生き方は、決して楽なものではない。常に自律を求められるのは、ある意味で大変なことだ。それでも面白いと考えているのはナゼか。

それは、マニュアルから解放され、自分の感性や意志を仕事に乗せることが、人間にとって最も根源的な喜びではないかと考えているからだ。自己決定できることは大きな幸せではないか。

効率や再現性だけを追い求めるならAIに分がある。しかし、そのプロセスに試行錯誤を加え、予想外の価値を生み出す楽しみは、人間にしか味わえない。

高度なナレッジワーカーへの道は、決して平坦ではない。しかし、AIという道具を手に、自律して未来を切り拓く。その「自由」を使いこなすことこそが、これからの時代の働く醍醐味なのだと思う。

(参考記事:ナレッジワーカーの本質は創造的な仕事と主体性

AIで生まれた時間を「思い出」に使う

思考メモ

AIを使って執筆するのは、本当に楽になった。 生産性は以前とは比べものにならないほど高い。(これも音声入力から生成している)

その一方で、少し不安になることがある。 「自分の手で文章を書く」という行為が、自分の中から消えてしまうのではないか、と。 それによって、文章を書く能力そのものが失われるのではないか、という不安。

もっとも、これは歴史の必然なのだ。 Googleマップのおかげで地図が読めなくなり、 スマホのおかげで電話番号を覚えなくなった。 私たちはそうやって、便利な道具に能力を預けてきた。 今回もそれを受け入れていくしかない、と思っている。

だが、能力の喪失よりも「怖い」と感じていることがある。 それは「記憶」が失われていくことだ。

AIを使って執筆した時間は、どうも記憶に残りにくい。 これはAIに限らず、デジタル全般に言えることかもしれない。 結果に早くたどり着きすぎるがゆえに、 その途中のプロセスが、ごっそりと抜け落ちてしまうのだ。

コロナ禍の数年間を思い出してみる。 家から一歩も出ず、オンラインで仕事が完結した。 生産性は以前より高まった気すらする。 しかし、その期間の記憶が自分の中にどれだけあるかというと、 実際、ほとんど残っていないのである。

物理的なものには、記憶を繋ぎ止める力がある。 私が「倉貫書房」で紙の本を大切にしているのも、そのためだ。 電子書籍で読んだ本の内容は忘れても、 紙の本は、読んだ場所やその時の空気まで覚えていたりする。 重さや手触りといった「身体性」が、記憶のフックになるのだろう。

Netflixでドラマを観てもすぐに忘れるが、 映画館で観た映画をいまだに覚えているのも、同じ理由だと思う。(それは年齢のせいだと言われたら否定はできないが)

さて、私の個人的な2026年のテーマは「豊かさとは何か」を探ること。 金銭的な面も生活の面もあるが、それらを超えた先に残るもの。 それは「思い出の量」ではないか、というのが考えている仮説の一つ。

どれだけお金を貯めたとしても、 語り合える思い出が何ひとつない晩年は、あまりに寂しい。 将来はたくさんの思い出を抱えていること、 そして現在はその思い出を作れる環境にいること自体が、豊かさにつながるのかもしれない。

だとするなら、デジタルだけに振りすぎてしまうと、何も残らないってことになりかねない。苦労や面倒なんて無い方がいいけれど、思い出が残らないなんて恐ろしい。物理的で身体的な体験はなくさないようにしたい。

これは、組織においても同じことが言えるのではないか。 会社なのだから経済合理性だけで考えれば、利益が出る方を選ぶのが正解だ。 しかし、利益は残るが仲間との思い出は残らない。 果たしてそれで豊かだと言えるのだろうか。

私たちソニックガーデンでは定期的に合宿を行っている。 全員がリアルに集まり、一晩を共にする。 交通費も宿泊費もかけて、わざわざ集まることに、 大きな経済合理性があるわけではない。

互いの人となりを知り、人間関係を築くことで仕事がやりやすくなるという側面はある。しかし、それだと結局は生産性のために取り組んでいるので、別の方法で生産性が出るなら合宿などしなくて良いとなってしまう。

だが「長く働く仲間との共通の思い出を作る」と考えれば、やはり欠かせない活動となる。だからこそ、合宿そのものの効率化はしない方がいい。ちょっと準備が大変だったり、多少のトラブルがあっても、それも思い出になる。

そして、これは社内に限った話ではない。私たちの「納品のない受託開発」だと、お客さまとも長い関係を築くことになる。だとしたら、その関係が続く中で思い出になるような合宿や懇親会をしていけば、関係に彩りが生まれる。

一緒に過ごす時間の中で、何を残すのか。 長く一緒にいようと考えれば考えるほど、思い出の重みは増していく。

合宿のような思い出にお金を使うという文化が私たちにはあり、 それを文化資本と言う。そうした文化に従った活動をした結果、思い出という財産になり、それが関係資本となる。そんな感じの会社でありたい。

AIやITで効率化した先に、何をするか。 浮いた時間をさらに効率化に回すのではなく、あえて身体的な「思い出」に振り分けてみる。 「思い出にお金を使える会社」って、他にはない気がするし、私たちにとっては豊かだと思えるし、結果として組織も強くなれるのかも。

人が読まなくてもAIが読んでくれる。ブログを書き続ける新しい意味について

思考メモ

AIが新しい「口コミ」の源泉になっている

最近、AIチャットでソニックガーデンのことを知り、応募してくれる人が増えました。具体的にどのようなプロンプトで検索されたのかまでは把握しきれていませんが、AIとの対話の中で私たちの名前が出てくるようです。

AIがどのようなアルゴリズムでソニックガーデンを推奨してくれているのかはブラックボックスですが、少なくとも「認知」はされています。これは、新しい形の「口コミ」と言えるかもしれません。

AIに「認知」されるための条件

AIに自社のことを語ってもらうためには、当然ながらAIが巡回・学習できる場所に情報を置いておく必要があります。鍵付きのSNSやコミュニティ内ではなく、インターネット上で公開されている「テキスト」である必要があります。

昨今、AIの台頭もあってか、ブログへの直接的なアクセス数は以前より減っています。「人はもうブログを読まないのではないか」と感じることもありますが、書き続けることに意味はあるのだと再認識しました。

たとえ人が読まなくても、AIは読んでくれる

たとえ今日、人間の読者が少なかったとしても、AIは私の文章を読み、学習してくれます。

「私のことを、AIが知ってくれている」

そう考えれば、少し嬉しい。誰かがAIにアドバイスを求めたとき、AIが必要に応じて私の思想を引用し、紹介してくれるでしょう。

2009年から積み上げた「思想」の資産

2009年からずっと同じ場所で、同じ人間が書き続けてきました。その膨大なテキストには、間違いなく私の思想が色濃く反映されています。自分でもよく書いてきたと思います。

人間の読者が減ったとしても、AIさえ読んでくれていれば、いつか時を超えて誰かが私の思想に触れてくれるかもしれない。そう思うと、「もっと書いておきたい」というモチベーションが湧いてきます。

こうした気づきも、FacebookやX(Twitter)といった流れて消えていく場所(フロー)に書くだけでなく、AIがいつでも参照できるブログ(ストック)に残しておくことが、今の時代には重要なのかもしれません。

・・・ということで、SNSに投降した文章をアレンジして残しておきます。

経営における非連続的成長

思考メモ

経営における非連続的成長の重要性。事業成長には、連続的成長と、非連続的成長がある。

連続的成長を進めることも、十分に大変ではあるし、大事なことではあるが、そこから成長の角度を変えるような取り組みが非連続的成長となる。

経営をしていく上で、非連続的成長をもたらすには、一定の投資も必要となるが、その戦略の選択が出発点となる。

戦略の選択の困難さには、曖昧性、多義性、不確実性の段階がある。方向性が定まった上での不確実性をクリアしていくのは、連続的成長につながる。それも難しい仕事ではあるが経験によって上達する部分がある。

より難しいのは、複数の正解がある多義性である。この多義性のある状態で選択をすることでこそ、非連続的成長につながる可能性はある。これは、経験だけでは身につかない部分が多分にあるように思う。

その場合においては、うまく選ぶことが大事ではなく、何か指針や理念をもって選択することが重要になる。そこは経済合理性だけでは選びきれない。信念みたいなものが必要ではないか。

そして、曖昧性の状態では、待つことが大事になる。待ちつつ、いつでも取り組めるだけの力をつけておくこと。

緊急じゃないが重要なこと、という領域は、ここにあたる。緊急性にかまけて重要なことに取り組んでいなければ、いずれ良い機会が訪れたときに選択することはできない。

経営に取り組む際は、こうした観点を持ちながら、日々の連続的成長のための業務に取り組まねばならない。

出版は製造業でもある #出版事業への道

思考メモ

出版事業を始めるにあたり、色々と準備を重ねていて、今日は印刷会社さんへのご挨拶と、製本所と印刷工場などの見学に行かせてもらった。

勉強してたから頭でわかってたけど、実際の現場と働いてらっしゃる方々を見させてもらって、本を作ることへの解像度がとても上がったな。

本を作るには、コンテンツを作る側面と、物理的な本として製造する側面がある。著者として書くことだけをしてた時、後者は見えなかった。

大量の印刷から製本作業、それらの品質管理はまさしく製造業だった。改めて、ソフトウェアの開発とは違う世界なのだな、と学びがあった。

また、本が製造されるまでに様々な工程で分業し、非常に多くの関係者や会社が関わっているのが知れて、一人の著者としては感謝しかない。

紙の種類も沢山あり、製本の形も自由度が高く、作り手のこだわりが詰まってるんだな、と。本を読む時、今までとは違った見方ができそう。

機械を使うけれど、職人的な仕事も多いというのも好みな現場だった。私たちソフトウェアと業界は違えど、職人の世界はカッコいいと思う。

製造業における職人仕事は、気温や紙質や状況などの変化があっても一定の品質を出すことであり、そこにもクリエイティビティがあるんだ。

いやー色々と刺激になった。書き尽くせないので、出版業界の素人が学びながら版元を始めるまでの道のりを、何かの形で残していきたいな。

職を極めようとする尊さ

思考メモ

こちら今の自分にとって、とても共感したし勇気づけられる記事だった。

最近、改めて自分たちソニックガーデンのことを職人を育て、職人が活きる場だと思うようになっていたので「職人」キーワードに興味を惹かれて読んだけど良かった。

今ちょうど経営として取り組んでいたのが、文化や世界観を伝える広報の立ち上げ、理念の言語化とリブランディング、未経験からの採用と職人の育成だったのでぴったり。

真剣に仕事に向き合って、職を極めようとする人たちに強く尊さを感じる。我々も、職人のすごさを伝えたり、組織をまとめたり、育てたりできるようにしていきたい。


「正式な呼称というわけではないのですが、コーポレート部門に所属する人であれば『ものづくりを支える人』、店舗のスタッフやクリエイティブチームの人であれば『ものづくりを伝える人』と社内で呼ばれています。私たちの軸となる『ものづくり』との関係が理解しやすい表現が自然に使われています」

【東京・長野】町工房、下請けから直販への転換で起死回生
https://newspicks.com/news/7259548/body

「私はこの会社に入って10年目ですが、共通の言葉があることで、入社して1年目のメンバーとも『これが土屋鞄らしいよね』と通じ合えるものがあります。何をするにしても『何のためにこれをやるのか』が理解できるようになり、みんながひとつになれる機会が増えたと感じています」

【東京・長野】500人に急拡大。理念を明文化、社員が変わった
https://newspicks.com/news/7274772/body/

「今は職人として働いているので、技術を磨くことを一番大事にしています。でも、人と人をつなぐこと、子どもの成長への願いを形にすることは、どの部署にいてもできることだと思うので、挑戦できることがあればどんどんやってみたいです」

【東京・長野】積極採用で200人。未経験から職人を育てる
https://newspicks.com/news/7276519/body/

説得するより理想を

思考メモ

読書会やイベントでの質問や相談の多くが「どうすれば相手を説得できますか?」だった気がする。アジャイル、リモートワーク、自律型の組織など。

お客さまや経営者、上司や部下や同僚に対して、自分とは考えの違う人とのコミュニケーションをどうすれば良いのかという悩み。私も悩むことある。

立場や状況が違う誰もが感じているのだから、普遍的な悩みなんだなぁ。交渉のテクニックは多々あれど、それだけでは本質的に解決しない気がする。

相手を説得したい気持ちの根底にあるのは、自分の主張を通したいという願いではないか。だが、それは果たして相手の願いを叶えることになるかな。

課題と解決があるとして、自分が思う良い解決案や好みの解決案があると、それを通すために説得しようとしても、ただ受け入れられないことが多い。

その案で解決したかったのは何だったのか、そもそもの課題や実現したい理想について理解し合うことが先じゃないかな。そこが違ったら話できない。

課題や理想を揃えることが出来たら、解決案や手段は一人で考えるより良い案が出るかもしれないし、うまくいかなくても一緒に改善していけるかも。

何か一緒に取り組むとき、チームになるときには、理想を共有することは、とても大事で、最初にやっとくことだし、何度も再確認することなんだな。

それより根本的には理想があるなら、表現や発信していくことで、近しい理想を持って共感する人を集める方が説得や摩擦がなくて平和的ではあるね。

・・・なんてことは、誰もがわかっていても、そう簡単にはいかないから、人と人が分かりあうことは難しいんだけども。

不確実性に向き合うための変化を抱擁する思考

思考メモ

「人が増えても速くならない」本の発売が近づいてまして、そこに向けて対談記事の取材でしたが、とても面白かった。経営や編集の仕事にも通じる話になるのは、この本が誰にとっても自分ごとに思ってもらえそうで嬉しい。

本書では、ソフトウェア開発での具体的な事例をもって、人海戦術が有効ではない理由や、工程を分離し過ぎる方が効率が落ちること、一度に大きく作ろうとするより小さく作った方が結局は無駄がないことなどを書いてます。

しかし、そうした取り組み方や考え方は、なにもソフトウェア開発に限ったものではなく、新規事業の立ち上げや、マーケティング企画、書籍や記事の企画から作成など、様々な領域にも通じる話なのだなぁ、と感じています。

さらに言えば経営という仕事にも当てはまる。つまり、再現性のない仕事のことを、クリエイティブな仕事だと私はよく言ってますが、そうした仕事は全て、人を増やしたとしても解決はしないし、むしろ妨げになってしまう。

クリエイティブな仕事での不確実性の高い状況に対して、いかに全体を事前に詳細まで把握して、計画を精緻化し、確実に進められるようにする、という考え方が一般的かもしれないけれど、本書では真逆の考えを示してます。

不確実性という変化に対し、あるがままに受け入れつつ、少しずつ着実に成果を出していく考え方。大きいまま捉えるのでなく小さくして扱うこと、難しい問題はシンプルに解けるよう問題自体を見直すこと。変化を抱擁する。

そうした考え方は、クリエイティブな仕事が増えていって、変化の激しい時代になっていくほどに、求められていくのではないかな、と。個人的には、誤解を恐れずに言うなら、これこそ「アジャイル」の思想だと思ってます。

自分の中で、何周目かのアジャイルと向き合いたい気持ちになってきているし、表面的なメソッドとしてではなく、いよいよ本質的な思想であり、ビジネスとしての価値に繋がることの言語化まで出来そうな気配がしています。

今回の対談記事は、Biz/Zine(ビズジン)さんで数回に渡り連載として公開される予定です!お楽しみにお待ちください(第一回のお相手はクラシコムの青木さん)

納品をなくせばうまくいく〜当たり前を問い直す思考法

思考メモ

先日とある経営者向けの勉強会で講演してきたので、資料を公開します。

月額定額の顧問型サービス「納品のない受託開発」を生み出すまでの過程を通じて、当たり前を問い直す思考法を見つける。

・脳のブレーキを壊す体験
・ビジネスモデルの構造的な欠陥
・社内ベンチャーと新規事業の失敗
・パラダイムシフトで大逆転
・小さな会社だからこそビジョン
・「納品のない受託開発」の誕生

希望、信頼、素朴さ

思考メモ

クラシコム青木さんとのソニックガーデンを言語化してみる試みの対話から。倉貫による理解と補足を入れたメモ。

希望とは、実現が困難だけど、実現可能性があり、実現すると善い未来のこと。哲学者トマス・アクィナスの言葉。

理念の言葉も、時間軸でメンテナンスしていく必要がある。難易度を調整していくことで、希望であり続けられる。

難易度が下がると希望ではなく目標になる。目標に共感する人はいない。人は希望に共感する。それがスローガン。

仕事をしていく上で大事なのは、社員かパートナーかではなく信頼関係。信頼できれば、管理コストが不要になる。

信頼されるには先にギブすること。ギブできるだけの強みと仕組みがあること。それとサステナブルな環境が前提。

「いい人だから」で信頼されるのではなく、仕組みの上で善良なことができる。その両輪が揃っていることが大事。

どれだけ優秀でも相手が強欲そうだと警戒せざるを得ない。信頼関係を築きにくい。そうならない仕組みをつくる。

売上ノルマが個人に紐づけば、強欲になるインセンティブが働いてしまう。個人が得する仕組みにしない方が良い。

洗練した構造の上で働く人は素朴になっていく。足場がぐらつく場所で働く人は、個として洗練さが高まっていく。

優秀な人が、成果だけにまっすぐに向き合える素朴さがあれば、それがもっとも成果を出せる。洗練さよりも成果。

優秀なまま素朴でいるためには、人事の制度や、仲間の作り方に工夫がいる。カルチャーによっても変わってくる。

居心地の良い関係とは、ゆるいのとは違う。興奮や熱狂とも違う。互いに敬意を持つ人と働くことは心地よい関係。

自立している人となら友達になれる。甘えたり、依存したり、守る関係とは違う。対等に対価と敬意を払えること。


以下はChatGPT(4.0)による文章化。

希望とは、何かと言うと、実現が困難でも、実現可能性があって、実現すると善い未来のことを指します。これは哲学者トマス・アクィナスの言葉であります。理念の言葉も、時間とともにメンテナンスしていく必要があるのです。そのためには、難易度を調整していくことで、常に希望であることが維持できます。

もし難易度が下がりすぎると、それはもはや希望ではなく目標になってしまいます。しかし、目標に共感する人は少ないのです。人々は希望に共感することが多いのです。その思考がまさにスローガンの原点と言えます。

仕事をしていく上で重要なのは、社員かパートナーかということよりも、信頼関係の存在です。信頼関係が築ければ、管理コストは不要になるのです。その信頼を得るためには、まずは自らが先に与える、すなわち「ギブ」することが重要なのです。

そして、その「ギブ」ができるだけの強みと仕組みがあること、さらにそれが持続可能な環境であることが前提となります。「いい人だから」という理由で信頼されるのではなく、仕組みの上で良いことを行うことが大切なのです。

どんなに優秀な人でも、相手が強欲そうだと感じたら警戒せざるを得ません。それは信頼関係を築くのに障害となります。そうならないためには、強欲さを引き起こさない仕組みを作ることが必要です。

売上ノルマが個人に紐付けられていると、強欲になるインセンティブが働いてしまうのです。個人が得する仕組みは避けるべきです。洗練した構造の中で働く人は素朴さを保つことができます。一方、不安定な環境で働く人は、個人としての洗練さを高めることになります。

優秀な人が成果だけにまっすぐに向き合う素朴さを持つと、それが最も成果を出すことができます。優秀さを保ちつつ素朴さを持つためには、人事の制度や、仲間の作り方に工夫が必要です。それは組織のカルチャーによっても変わってくるのです。

心地良い関係とは、ゆるい関係とは異なります。興奮や熱狂とも違います。互いに敬意を持つ人と働くこと、それが心地良い関係です。自立している人となら友達になることができます。依存関係や保護される関係ではなく、対等に対価と敬意を払える関係、それが良好な関係なのです。

採用面談のスタンス

思考メモ

昨日で、今期のセレクションの社長面談全員おわり。一人ずつ1時間半くらいかけて、じっくりすり合わせた。

セレクションという名前は、サッカークラブ(というか、漫画アオアシ)を参考にして名付けた採用の仕組み。

セレクションと言いつつ、スタンスは会社だけが選抜するというよりも、応募者からも会社を選ぶ形を目指す。

そのために、応募者には自分のことも会社のことも深く理解してもらって判断して欲しいので機会を提供する。

セレクションの最初に自分の考えを深めてもらうために、副社長による内省を促すワークショップをしている。

私との面談では、応募者の半生をふりかえり、どうするのが当人にとってベストな選択なのかを一緒に考える。

採用の面接よりも人生相談みたいな感じ。その上で、応募者と会社で互いに譲れないものは何かを確認しあう。

ぶつかる部分を見つけて、すり合わせして、摩擦が起きる。相当にハードになるけど、わかりあう時間になる。

一人ひとり真剣勝負で疲れたけれど、良い時間になったと思う。応募者の皆にとっても、同じであれば嬉しい。

若手プログラマの採用と育成の機会

思考メモ

若手プログラマの採用と育成の機会を作る意思決定して、やっと去年くらいから少しずつ会社のフェーズが変わってきた感。

ソニックガーデンキャンプという業務経験はなくても、プログラマとして働きたい方に向けた入口となる企画を始めたこと。

そのキャンプの参加者から、ソニックガーデンへの就職希望者が出てきてくれて、セレクションという仕組みを作ったこと。

セレクションから実際に入社してくれた人たちがいて、半年間のトレーニング期間を経たあとに岡山に移住してくれたこと。

さらに半年が経ち業務未経験だった若者たちが成長し、今はプログラマとして開発業務に従事して、自信をつけていること。

ベテラン勢にとって、採用と育成に向き合うことは大変だけれど、そこから得られる経験は他では得難いものになると思う。

また今年もキャンプを実施でき、去年より参加者が増え、セレクションに応募してくれる人も増え、今まさに実施している。

採用を考えることは、自分たちの会社は何を目指していて、どうありたいのかを改めて言語化する良い機会にもなっている。

採用判断は難しいし、まだ数年しないと、うまくいったかどうかもわからないけれど、改善しながら続けていきたいところ。

リモートワークと認識のアップデート

思考メモ

リモートワークを長く続けていると日常的な仕事に困ることはないけれど、組織が大きくなっていくにつれてズレを感じるようになったこと。

たとえば、組織の人数。創業して数年は10人前後でリモートせずにオフィスに集まってた頃は、少しずつ増えていく人の数を認識できてた。

それがリモートになれば、オフィスにいる人が増えて物理的なキャパがなくなり引越しもすることもないから、人数が増えた感覚を持てない。

完全リモートにしてから2倍くらいに社員数が増えてると思うけど、リモートで働いてる社員にしてみると、そんなに増えた実感はないはず。

あと社員の年齢を実感することも薄れがち。新卒で入った社員が数年して、すごく頼りになる感じになってても、いつまでも新卒扱いしがち。

リモートだと、一緒に仕事する人たちのことは認識できても、関わりがないと一切の情報が入ってこないので認識のアップデートがされない。

物理的な存在による自動的な認識のアップデートがなくなるのが、リモートワークの弱点と言える。あえて機会を作っていかないといけない。

そのためにも、リアルな合宿や飲み会をするのは良いな。全員が集まれると、組織の大きさもアップデートできるから良いけど、中々難しい。

なんとか今年は久しぶりに全社員が揃う機会を作りたい。お金や時間を使うことになるけど、コストと捉えず関係資本への投資だと考えよう。

ビジョンやミッションの共有も大事だと思うけど、コミュニティ型の組織の場合は、一緒に働く人たちを感じる機会を作ることが大事かなと。

ソース原理で分析するソニックガーデン

思考メモ

ゆっくり読んでたソース原理の本、やっと読み終えた。面白かった。会社の創業者として、とても納得感があり、これまでのことが色々と言語化された感じで良かった。ソニックガーデンでやってきたことが、このコンセプトで説明できるかもしれない。

ソースであることと、組織における役割は別。これまで一般的な社長の仕事をしてる感じではなかったから、少し引け目を感じることがあったけれど、ソニックガーデンのソースであることは自信を持っていえる。もはや肩書きなど社長じゃなくて良い。

会社というよりもクリエイティブフィールド。ソフトウェア開発の作品みたいに会社を作ってきたけど、その感覚と合ってた。論理社員みたいな物理的な契約に縛られない関係を作ってきたし、明確なミッションがないことにも、悩む必要がなくなった。

ティール組織で取り上げられたときも、フラットなのにリーダーとして存在することにも居心地の悪さを感じていた。実際のところ権限がある訳ではないけれどソースとしてのオーソリティはあったのは、クリエイティブヒエラルキーで説明がつきそう。

管理ゼロのマネジメントも、セルフマネジメントできる人たちで構成されているからと説明してきたけれど、それだけではフリーランス集団と誤解されがちだった。それに加えて、全員がサブソースだったことが大きな要因だったと今なら説明できそう。

そして、全員が業務従事者でなくサブソースであるために、入社のプロセスをソースである私自身が関わって、半年から数年も時間をかけたのはビジョンや価値観に共鳴してもらって、サブソースとなってもらうために必要なプロセスだったのだと思う。

最近だと、若い人たちを採用しているのは、まずは業務従事者として入ってもらい、プログラミングやセルフマネジメントを身につけてもらいながら、いずれサブソースになってもらえることを期待して、価値観や哲学など時間をかけて伝えていってる。

ただ会社を大きくすることよりも、アジャイルやソフトウェアの文化を守り伝えていくことの方が私たちにとって大事なことだと考えていたけれど、それは経営者としてどうなのかと思っていたけれど、やっぱそのスタンスで良いのかもしれんと思えた。

私がソニックガーデンという活動のソースであることは、原作者って感じがする。原作者だけでは表現しきれない部分を、サブソースの仲間たちと、業務従事者の皆さんの力を借りて、一緒に創作活動をしている感じ。なんとなく自分なりに整理できた。

会社の枠を越えた活動のソースであり原作者であるなら、会社の経営ばかりに時間を使い過ぎずに、こうして考えを言語化したりして、発信したり残したりすることをもっとしていきたいな。

すべては1人から始まる――ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力

今の自分を形作る原点となった本

思考メモ

先日PIVOTさんの取材を受けまして、今の自分を形作る原点となった本を〜ということで「エクストリーム・プログラミング入門」の初版本を引っ張り出してきた。

2000年の初版の第1刷で、当時は何度も何度も読み返したからボロボロ。だけど思い返しても、この本には本当に勇気付けられたなぁ。

当時は新卒で大手SIerに入り、周りは実装工程は外注することが正義みたいな空気の中で、自分だけがプログラミングとプログラマの働き方の重要性を訴えて孤独を感じてた。

そんなときに、この本に出会って肯定された気持ちになれたんだった。これで自分は救われたし、この考えを広めることで自分と似た人たちを救いたいと思ったのだった。

エンジニアから経営者となったキャリアを振り返って話をさせてもらったけれど、ずっと一貫して、これをやりたかったんだ、やってきたんだなぁ、と思い出せた。

このソフトウェア開発のやり方・考え方を、日本に広めていくことが、今風に言えば自分のパーパスだったし、立場が変わった今も、その思いの本質は変わってないなぁ。

ソフトウェア開発は、作りたい人にとっても、作る人にとっても、クリエイティブで苦しくも楽しい作品づくりで、素晴らしい仕事なんだと知ってもらいたいし、そう思って働く人が増えてほしい。

そして、やはりソフトウェア開発では、コードを書くプログラマこそが主役だし、そうあってもらいたいし、そういう気概で取り組んで欲しい。そうやって働ける良い職業なんだよな。

改めて、この序文の最初のフレーズだけで痺れる。

“エクストリームプログラミングはコーディングをソフトウェアプロジェクトのキーアクティビティ、つまり「中心となる活動」として選んでいる。”

2023年の年始ひとつ目に、この取材を受けれて、とても良かった。

執筆と内省

思考メモ

年末から年明けにかけて、ずっと執筆している。ここ最近は、採用サイトの刷新をするための文章を書いているので、ブログや書籍ではないけど、コンテンツ自体を自分で書いている。

ライターさんに任せたら良いのかもしれないけれど、私たちが採用サイトで伝えたい内容は、事実や情報でなく会社の考え方や姿勢になるので、表現のニュアンスが大事になってくる。

それは言い訳で自分で書きたいから書いているのだけど、自分たちのことを知ってもらう文章を書くのは、まず先に自分で自分のことを知らなければならないので、必然と内省が進む。

私たちは何のために存在するのか、私たちは何をしているのか、私たちはどうありたいのか、私たちは何を大事にしているのか、私たちはどんな人と働きたいのか。内省が欠かせない。

いわゆるコーポレートアイデンティティだろうけど、それだけを考えようとしても進まなかったけれど、文章にしていくプロセスを経ることで、ぐっと輪郭が見えて解像度が高まった。

採用サイトなので、コンパクトな文章にまとめようとすると、残す言葉の優先順位も考えざるを得ない。取捨選択するのが難しいけれど、おかげで自分たちのことが浮き彫りにできた。

文章を書くという行為をしながら、実際は内省をしている。むしろ内省を進めるために、文章としてアウトプットしている。文章を書くことが、自分にとって癒しの時間になっている。

文章を書くことが好きかと言われたら、書いてる最中は苦しみもあるので答えに窮するが、書いているときは時間を忘れて没頭できる。それが、好きってことなのかもしれないけれど。

いずれにせよ没頭できる仕事があることは幸せなことだと思う。ここ最近は忙しさもあって、あまり書けていなかったから、書く時間を増やしていった方がバランスとれていいのかも。

ここで働く意味:シグニチャー・エクスペリエンス

思考メモ

古い本を処分しつつ、気になった本を再読してる中の一冊。「動機づける力ーモチベーションの理論と実践」ハーバードビジネスレビューの論文を再編した本。その中の第7章が面白かった。

『「理想の職場」のつくり方』だけど、本来のタイトルは”What It Means to Work Here”なので、少しニュアンスが違う。人は報酬などの条件だけで職場を選ぶわけではないという話。

その会社で働くことでこそ得られる経験を「シグニチャー・エクスペリエンス」と呼び、組織の伝統と経営陣の理念を反映したルーチンから生み出されるもので、他社が模倣するのは難しい。

シグニチャー・エクスペリエンスの違いは、働く人のやる気の維持・向上に通じる。仕事にひたむきな社員のいる企業は、コーポレート・アイデンティティの表現、自社の理解に長けている。

シグニチャー・エクスペリエンスをうまく伝える企業は、自社が万人受けする組織でないこと、優れた能力を発揮する人は多様で、すべての人が同じものを望んでいないことを理解している。

シグニチャー・エクスペリエンスを伝え、提供し、支援するための原則は以下の6つ。

1)潜在的な候補者にターゲットを絞る
2)具体的なビジネスニーズに対応する
3)自社の歴史を明らかにし、これを尊重する
4)ストーリーを共有する
5)一貫性を追求する
6)臆することなく、おのれの信念を貫く

ちょうど採用サイトの見直しと、新卒受け入れの準備を考えてるところだったので、参考になった。自分たちのシグニチャー・エクスペリエンス考えてみよう。

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